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- 誕生以前 -
戦後日本の高度成長に、比例するかのように始まった本格的な日本の地底探検-行動すれば未踏の新洞穴発見-も1960年代後半には、終わりに近づき既存の洞穴の支洞から、奥部を新たに発見する“落ち穂拾い”の時期に入った。新発見を希求するなら過去の報告書の分析と現地での徹底的なヒアリングが必要となり、探検行動を支える理論、パーティー運営技術、洞穴探検技術を擁し、フィールドに追求心を持たなければ、地理上の探検における至高体験「発見・初踏破」は実現出来ない状況になっていた。
単なる好奇心で「探検地」を訪れてもツーリストと同一次元で、「見てきただけ」を繰り返えすため探検技術等の必要性が薄れ、組織力が低下し、探検部が弱体化し空洞化が始まっていた。追求心のない「探検する側」の自称探検隊は「探検される側」のフィールドから拒絶され、結果的にツーリストにならざるを得なかった。

- 設立 -
大学探検部の地力が低下する中で、日本最大の石灰岩帯である安家石灰岩層(南北50km最大幅4km)をフィールドに活動していたケイバーは、そのフィールドの広さから価値ある未踏洞穴発見は単独サークルでは限界があると判断し、混成隊を編成した。その当時混成隊はチームワーク的に失敗することが多く、探検や登山は『単一団体』でというタブーがあった。しかし我々は単一サークルのしがらみや、チームワーク的な不安よりも安家石灰洞穴群をいかに効率よく攻略するかという追求心の方が強かった。1971年冬、立教大学探検部を中核に第1次隊、そして1972年冬の第2次隊を経て、安家石灰洞穴群に追求心を持つ大学探検部のOB・現役がサークルの枠を越えて1973年3月11日「The Akka Society」を設立した。その後、直ちに行動範囲が海外にも広がり、地底探検の世界最大のパイオニアワークを目指し、1974年12月11日名称を「Japan Cavers Club」(代表横田良介)と改名した。さらに1984年12月10日若手探検家の育成を目指して組織改革が行われて「Japan Cavers Club 2」(代表久保鉄男)となった。1977年3月1日、代表に山内正が就任、日本最長洞穴安家洞の探検測量を推進する体制を整えた。さらに2001年3月4日事務局に神保幹夫が就任し、将来探検の主流となるケイブダイビング部門(JCC2CDS)の拡充を目指し活動を展開している。またこれに関連し独立行政法人産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門地下水資源環境研究グループ主任研究員丸井敦尚氏からの調査依頼で全国の石灰岩地帯の湧水サンプリング調査が3年計画で開始された。2003年3月15日JCC2満30周年を迎え新たに組織を発展解消、新役員によりJapan Cavers Club 3が設立された。

1972年 岩手県:第2次安家石灰洞穴群探検-総隊長山内浩(初代日本ケイビング協会会長)秋田大学ケイビング部・岩手高校ケイビングクラブ・岩手大学ケイビングクラブ・愛媛大学学術探検部・こうもり会・明治大学探検部・桃ノ木アカデミックケイビングクラブ・盛岡グアノ会・立教大学探検部・立命館大学探検部による混成隊内間木洞 3300m(日本第2位当時)となる。
内間木洞平面図、縦断面図作成、内間木ケイブシステム水系調査、北部安家石灰岩層地質図作成(船木實)


1973年

安家石灰岩採掘反対・安家洞保存運動を日本ケイビング協会と協力し全国展開。
福島県:あぶくま洞東本洞・あぶくま洞奥本洞発見(旧名:大滝根洞)


1974年

韓国洞穴調査(L横田良介)
第1次南アメリカ洞穴探検(ブラジル、L岸本和明)


1975年

第4次安家石灰洞穴群探検-総隊長上野俊一(国立科学博物館)
主催:Japan Cavers Club・岩泉町立日本洞穴学研究所
共催:日本大学探検部・千葉大学探検部・立教大学探検部・東京農業大学探検部・駒澤大学ケイビングクラブ・立命館大学探検部
大穴1500m相良八郎穴1000m 平面図作成(山田博明)年々ケイブシステム水系調査


1976年

山口県:鷹が穴 4500m(日本第2位当時-山田博明)平面図作成
あぶくま洞→大滝根洞連結2800m+アルファ。平面図、縦断面図作成
新潟県:白蓮洞(日本最深の縦穴)事故、救助隊派遣(L菊池正志他18名)


1977年

鬼穴から深さ51mで大滝根洞連結(溝淵三郎)
第2次南アメリカ洞穴探検(総隊長山内浩、米国、コロンビア・エクアドル・ペルー)


1980年

第1次中国洞穴参観団(団長上野俊一、西側から初の洞穴訪中団)
東京都:日原三叉洞 3200m(山田博明)平面図作成


1982年

第2次中国洞穴参観団(団長長谷川善和-横浜国立大学教授)
熊本県:球泉洞 4800m(日本第2位当時-山内正)平面図、縦断面図作成


1989年

マレーシア洞穴調査(山内正)


1992年

米国洞穴学会洞穴潜水部門ケイブダイバー養成コース(佐藤継郎)
岩手県:第1次安家洞探検(L横田良介安家洞21年振りに探検開始)


1994年

米国洞穴学会洞穴潜水部門フルケイブダイバー訓練開始(神保幹夫)


1995年

あぶくま洞東本洞大多鬼丸ホール60m登攀
あぶくま洞環境保護調査団(溝淵三郎)


1996年

第14次安家洞探検-総隊長長谷川善和(横浜国立大学名誉教授・群馬県立自然史博物館館長)
瞬華洞(国内最大級のシールド及びシールド群発見)


1997年

第18次安家洞探検 山内新洞165m登攀(溝淵三郎)
縦穴登攀の日本新記録更新


1998年

第4次安家石灰洞穴群地底湖探検(L菊池正志、潜水Lラマールハイレス)
氷渡洞第6サンプ発見、新洞800m延長。氷渡洞総延長3700m+アルファ
竜泉洞第4の壁、30年ぶりに潜水突破、第5ホール確認


2001年

第22次安家洞探検、日本最長記録更新12700m。(L山内正)


2002年

第5次安家石灰洞穴群地底湖探検(L山内正)
年々ケイブシステム(八郎の風穴-相良向かいの穴-愁麗洞)のローマの水道から83m潜水に成功。
(神保幹夫・豊田聡)
総延長1515mとなる。

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